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2014/01/27 『中国新聞』に原爆投下日の芸備線証言

『中国新聞』2014年1月27日付朝刊に、昭和20年に国鉄芸備線・福塩線などで車掌を務めた、小田貞枝(おだ・さだえ)さん(89)の証言が掲載されました。

記事の見出し等は「記憶を受け継ぐ 小田貞枝(おだ・さだえ)さん(89)=広島市安佐南区 忘れられぬ 駅での惨状 「平和」とは「譲り合える世界」。命を大事に」となっています。

証言内容は、原爆投下の轟音や光が三次にまで届いたこと、被曝・被爆者が芸備線で続々と三次へ運ばれたこと、翌7日の広島駅の様子などです。

また、解説部分に掲載されている、なぜ被爆者が芸備線に乗って県北を目指したか、という部分は三次市史からの引用とのことですが、あまり知られていない部分だと思います。

ニュース記事ではないので引用は差し控えます。是非、紙面やバックナンバーでご覧下さい。

この日の朝刊には、他にも「今昔ものがたり 往来にぎわう 町の玄関 JR備後三川駅(世羅町伊尾)」という記事が掲載され、1960年代の備後三川駅の写真や証言が掲載されています。